「成熟したねじまき鳥クロニクル」としての「騎士団長殺し」村上春樹<レビュー/ネタバレなし>
村上春樹の7年ぶりの長編小説「騎士団長殺し :第1部 顕れるイデア編」「騎士団長殺し :第2部 遷ろうメタファー編」。発売初日に無事GETして、早速読了しました。私はシンガポールに住んでいるのですが、海外でも発売初日に購入できるなんて21世紀はなんと素晴らしい世の中であろうか。
読み終わった感想としては、1994年に「ねじまき鳥クロニクル」に激しく心を揺さぶられた若かりし日々の私たちに、約20年経って心の震えはそのままに「大人の小説」として再翻訳してくれた感じがして、とても感激しました。7年ぶりの新作長編と聞いて、高まりまくってしまった期待を1ミリたりとも裏切らない。
主人公の「私」は開始16ページで中古のカローラ・ワゴンを購入し、18ページで人妻と肉体関係を結び、妻からは「理由は訊かないでくれる?」と突然離婚を通達され、ひとりで料理を作っていると電話がかかってくる。まさしく、やれやれだよ!!
そんなディテールに最初はニヤニヤしながら読んでいるんだけど、もう途中からそんな余裕がないくらいに世界に引きずり込まれる感じで一気に読み終えてしまった。
話の世界を構築している柱のようなものがねじまき鳥ととても似ているのだけれど、肉付けの部分が大人向け(というか、ねじまき鳥を読んでからそれなりに人生の駒を進め、年月の経った我々向け)になっているという印象でした。
ただちょっと違うかな、と思ったのは、
村上春樹の「本質的に人は孤独であり誰とも完全にわかりあうことはできない」という想いが読者との間に高い壁を作っていて、それが読後の喪失感を生むのではないかと解釈しているのだが、今回の主人公にはそういった自分の殻に他者を入れないことで自我を保っているような頑なさはないように感じたところ。
気を許した相手にしか心を開かないという設定のわりに、今までの小説と比べると随分と主人公の心は他者に開かれているように感じる。
そこにはある種の温かみがある。
村上春樹が本当に素晴らしいなと思うのは、私が初めて村上春樹を読んだ12歳の頃に受けた感動を、20年経ってもなお新作で感じさせてくれるという点にある。
当時好きだった作家はもちろん他にもたくさんいたけれど、当時のみずみずしい感動を今なお新作で与えてくれる作家というのは本当に希少である。ほとんどの場合、大人になって新作を読むとがっかりさせられてしまうことが多い。それはもちろん作家のせいというよりは、価値観が変わってしまった読み手である私自身の勝手な都合であるし、作家への期待が偏屈な形に歪んでしまっているからということがあると思う。
けれども、村上春樹はいつもそうではなく、田舎の中学生だった自分が未来をあれこれ想像したり不安になったりしながら本を読んで受けていたどきどきとしたリアルな感銘を、当時の私が想像もしなかったような未来を生きている私が読んでもなお同じように感じることができるという素敵な体験をさせてくれる。
そういう意味で、生きている作家を多感な10代の時期から好きで居続けるということは、この世の中における最も素晴らしい体験のうちのひとつと言えるのではないかと思います。
あるいは月まで行くことになるかもしれないので、たぶんとおそらく、という言葉しか使えないのですが、そのうち深く解釈してみるかもしれないです。
ねじまき鳥クロニクルとは、1994年〜95年にかけて書かれた長編小説です。騎士団長殺しをより深く楽しむためには先にこちらを読むのがおすすめ。あとハードカバーのこの装丁がだいすき。
全体に漂う疾走感は「世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド」に近いものもあったので、騎士団長殺しが面白かった人は読んでみるといいかもしれません。
世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド 上巻 (新潮文庫 む 5-4)
- 作者: 村上春樹
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- 発売日: 2010/04/08
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物語のキーとなる怪異小説「春雨物語」上田秋成。三島由紀夫も愛した上田秋成。
今回はロッシーニの泥棒かささぎではなくて、リヒアルト・シュトラウスの「薔薇の騎士」 でした。いったん気にいると癖になってしまう不思議なオペラとのこと
- アーティスト: ウィーン国立歌劇場合唱団
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しかし。村上春樹の新作を読んで、小沢健二の新譜を聴くなんて。わたしが生きているのは現実の2017年なのか?単なるメタファー通路なのか?そろそろ死ぬのか・・